推古天皇と聖徳太子

女性初の天皇に即位した推古天皇は、聡明な女性だったと言われてます。

甥にあたる聖徳太子を摂政(せっしょう)に取り立て、天皇中心の中央集権国家を目指します。この人事は、蘇我馬子の専横に歯止めをかけ、朝廷にバランスをもたらしました。

聖徳太子もこの期待に応え、遣隋使を派遣したり、603年『冠位十二階』翌604年『十七条憲法』を制定し、秩序ある国際国家の樹立を目指しました。また仏教を奨励し、大阪『四天王寺』奈良『法隆寺』などを建立しました。
日本にもともとあった神道と仏教が、混同した瞬間です。

今回訪れた西国播磨の斑鳩寺には、聖徳太子が所有していたという【地球儀】が安置されています。

ここからは、ロマンの話しです。。

聖徳太子の地球儀は、斑鳩寺の寺宝リストの中に『地中石』という名前で記録されていました。
直径15センチ、ソフトボールほどです。色はベージュ。表面に凹凸があり、漆喰のような粘土状の土で作られています。

そして、この凹凸が世界の大陸と海を表しているのです。
日本やアフリカらしき大陸もあり、そればかりか、南極大陸やムー大陸まで刻まれているのです。
当時は南極大陸を知る人はいないはずですが、聖徳太子は知っていたのです。
案内して下さった住職さんの意味深な笑顔が、印象に残ります。

ちなみに『聖徳太子』は後世の尊称で、最近は厩戸皇子(うまやどのおうじ)と呼ばれる事もあります。

さらに、聖徳太子の存在否定説もありますね。鬼の首を獲ったようにマスコミも取り上げました。しかしながら、そんな事はどうでも良いのです。

日本の風土の深層にある、厚い太子信仰や逸話、面白き伝説を語り継ぐ人々が居る限り、また出会うたびに、聖徳太子の存在否定説なんてどうでもいいのです。

逆に『卓上の歴史家』という愛のない人種が存在するならば、ただ哀れと思う今日このごろなのです。

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