〜練馬大根〜

前回の内藤トウガラシに続き江戸野菜シリーズ、今回は練馬大根。

あの生類憐れみの令で知られる五代将軍、徳川綱吉が将軍になる前に江戸患い(ビタミン不足による脚気など)にかかり、下練馬村に別邸を建て、敷地内で大根を栽培し食したところ病が治った、という話があります。

そんな練馬大根、尾張大根などの交配により改良されたもので、江戸時代の享保年間(1716年〜1736年)には練馬大根としてその名が定着していたそうです。

大根の加工品はいろいろありますが、中でもタクアン漬けがよく知られています。

このタクアン漬けの起源、諸説ありますが、平安時代に作られた「タクワエズケ」が訛りタクアン漬けとなった説。それと江戸品川にある東海寺の沢庵禅師が考案し、沢庵漬けとして広まった説。こちらの方がよく知られています。

練馬大根は水分が少なく乾きやすいのでタクアン漬けの原料としてはとても適していました。

江戸時代、現在の練馬区の農家が武家屋敷に下肥代金としてタクアン漬けを納めていた時期もあったそうです。

明治時代になると保存食として需要が高まり、練馬大根は大量生産されるようになり、昭和の初めころまで盛んに栽培されました。

1945年(昭和20年)の敗戦により、軍隊の食糧としての需要が減り、また昭和30年代には練馬の都市化に伴い農地が減少、練馬大根の生産は衰退していきました。

1989年(平成元年)練馬大根育成事業が開始。毎年12月には練馬大根引っこ抜き競技大会が行われ、昔ながらの練馬大根の種を守る取り組みが進められています。

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